ゆとり教育で学力低下が叫ばれている中、「学力」とはなにか? 「学力向上」に迫る
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0.文部科学省の取り組み −学力向上フロンティア事業実施要項
1 趣旨
 文部科学省と都道府県教育委員会とが連携し、児童・生徒一人一人の実態に応じたきめ細かな指導の一層の充実を図るための実践研究を推進事業。新しい学習指導要領のねらいとする「確かな学力」の向上に資する。
2 委嘱期間 平成14年度から平成16年度までの3年間とする。
3 委嘱手続 推進地域内の小学校及び中学校の中から複数の学校を「学力向上フロンティアスクール」(以下「フロンティアスクール」という。)として指定する。 フロンティアスクールにおいては、児童・生徒一人一人の実態に応じたきめ細かな指導の一層の充実を図るという観点から、
・発展的な学習や補充的な学習など個に応じた指導のための教材の開発
・個に応じた指導のための指導方法・指導体制の工夫改善
・児童生徒の学力の評価を生かした指導の改善
など、「確かな学力」の向上のための実践研究を一体的に行うとともに、公開授業などを通じて、積極的にその成果の普及に努めるものとする。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/14/05/020507a.htm
1.「学力」とはなにか?
 2002年度に学習指導要領が改訂されて、いわゆる「ゆとり教育」が始まりました。しかし、その一方で学力低下問題が議論されるようになりました。賛否両論あるにせよ、まず「学力」とは何かを考える必要があるはずです。しかし、「学力」とはなにか?という明確な定義がないまま、議論だけが先行しているのが現状ではないでしょうか

 当サイトでも以下のような意見を紹介しました。

■学ぶ動機付けこそ必要2/24
 ――東京都杉並区教委参与・藤原和博氏
 学力重視と「ゆとり教育」を対極に立てた議論は無意味だが、学力低下論が高まり、文部科学省は学力重視に傾いたように感じる。学力が低くていいわけないし、ゆとりがなければ学力は深まらない。学力とは何かについてきちんと議論してこなかったためだ。
 欠けているのは、欧米や中国に対抗するためにもどんな日本人を育てるべきなのかという目標論なのに、内容が削減された新学習指導要領を元に戻すべきだとか、総合的な学習の時間をやめて教科の時間に充てたとか、手段ばかりを論じている。これ以上制度や法律をいじるべきではない。現場はものすごく混乱するだけだ。
http://www.asahi.com/edu/yutori/K2003022400260.html

■規制緩和・工夫のチャンス――愛知県犬山市教育長・瀬見井久氏3/17
 文部科学省が学習内容を3割減らした小中学校の新学習指導要領を「最低基準」と位置づけたことに着目したい。学力低下批判をかわす小細工とも受け取れるが、「授業工夫ができる最大の規制緩和」ととらえ、目の前の児童、生徒に最良の授業を提供する好機と考えることが大切だ。
 今の教育を巡る議論に欠けているのは、学ぶ意欲を高めるために、市町村教委がどのように学校現場を支援できるか、学校現場がどのように子どもと教師の信頼関係を築き、最良の授業を行うことができるかだ。
 犬山市では、2年前から少人数授業を導入した。児童に目が届きやすくなり、細かいつまずきにも気づいてあげられるようになった。  さらに、学習指導要領にがんじがらめだった現場の教師には、理科の副教本作りなどを任せ、「子どものために授業改善に取り組むのは教師なんだ」という意識を根づかせた。
 上意下達で国や県の指示を待つだけの市町村教委では、「規制緩和」の流れに対応できないのではないか。市町村教委が目の前の児童、生徒のために何ができるのかを常に問い続けることが、教育の地方分権につながる唯一の道となる。
 ゆとり教育が学力低下を招いたという考え方は短絡的だ。重要なのは、あくまでも学習意欲を高め、自ら生きる力につなげることだ。これを忘れて、「学力」の定義もあいまいなままに、文科省が公表した学力調査の点数だけをとらえてゆとり教育をやり玉にあげるのは空虚なことだ。 http://www.asahi.com/edu/yutori/TKY200303170091.html

■思考力・判断力測る問題苦手 小学校算数全国テスト分析3/18
 文部科学省は17日、昨年初めに全国の小学5年〜中学3年の約45万人を対象に行った学力テストについて、分析の途中経過を公表した。前回(93〜95年度)のテストに比べて、とりわけ基本的な学力の低下が目立った小学校の算数については、「思考・判断」の力を測る問題の多くで正答率が事前に想定した率よりも低かったことなどを指摘している。
 小学校の算数では、前回と同一問題の正答率が半分以上の問題で前回を下回った。文科省は「基礎的・基本的な知識・技能の徹底がおろそかになっていたのではないか」「思考力の育成を目指した指導が不十分だったのではないか」といった疑問点を挙げた。 (03/18) http://www.asahi.com/edu/news/TKY200303170311.html

 学力の定義があいまいとありますが、いわゆる受験学力も「学力の一部」であると言えます。近年学校教育現場では、こうした受験学力という(30年前から言われている)基礎基本)である「読み・書き・計算」がおろそかにされています。しかしながら、一方で犬山市教育長の瀬見井氏が『「学ぶ意欲を高めるために、市町村教委がどのように学校現場を支援できるか」、「子ども一人ひとりの意欲を把握しているのは学校現場だけ。教師が教える喜びを持てるよう支援をするのも市町村教委の役割だ。』と述べています。
 これは、つまり「関心・意欲・態度」が学力の重要な要素であるのだと言っているのでしょう。
 しかし、最近の教育に関する議論を聞いていると、「読み・書き・計算」のような詰め込みが大切なのだという意見と、「関心・意欲・態度」のような経験や体験が大切なのだという意見の二つに分かれています。教心ネットとしては、こうした「読み・書き・計算」か「関心・意欲・態度」か、というどちらか一方の教育が大切であるという議論は、非常にナンセンスであるように思えます。
  「読み・書き・計算」という基礎基本があって初めて「関心・意欲・態度」が生まれるのであって、「読み・書き・計算」を決しておろそかにしてはいけないのです。たし算ができない子にかけ算がわかるでしょうか?漢字が読めない子が新聞が読めるでしょうか?歴史や地理も知らない子に国際理解ができるでしょうか?つまり、「読み・書き・計算」なくして「学ぶ意欲」は育たないのです。まずはじめに「教」があって、そのあとに「育」が生まれる。そうでないならば学校教育など必要なくなってしまいます。
 特に低学年における、「読み・書き・計算」は脳を大きく成長させるのです。そのため、低学年における「読み・書き・計算」はその後の学習にとって非常に大切なことなのです。たし算ができない子にかけ算がわかるはずがありません。漢字が読めない子が新聞が満足に読めるはずがありません。歴史や地理も知らない子に国際情勢・国際紛争の原因が理解できるはずがありません。
 「読み・書き・計算」を徹底し、その上で、あるいはそれと平行して、「関心・意欲・態度」を高めるような授業を行えばよい。ただそれだけの話ではないでしょうか。
 小数のかけ算がなぜ必要なのか(金利の計算などに必要)、数学はなぜ必要なのか(コンピュータプログラムに必要)、歴史を学ぶことがなぜ必要なのか(国際情勢や国際政治を知る手がかり)、理科はなぜ必要なのか(資源の乏しい日本が豊かな生活を送ることができるのは高い科学技術力のおかげだから)など。具体的に教科の教育と日常生活とを結びつけるような教育こそが、子どもの学ぶ意欲を育てるに違いない。しかし、それに先だって「読み・書き・計算」が満足にできないようでは、これも机上の空論になってしまうだろう。今の教育に必要なのは「読み・書き・計算」+「関心・意欲・態度」ではないでしょうか。

 今一番大切なことは、「学力」とは何かについて考えること、そして、 『どんな日本人を育てるべきなのかという目標論』 なのです。
 資源に乏しく、食料自給率の低い日本人が、豊かな生活を送れるのはなぜでしょうか。それは経済大国だからです。その経済を支えているのは科学技術です。その科学技術を支えてきたのが日本の教育なのです。「読み・書き・計算」を徹底し、理科・数学教育を徹底してきたおかげなのです。
 ゆとり教育云々や学力低下を論じても何も始まりませんが、少なくとも言えることは、近年の日本の教育は「読み書き計算軽視」の傾向が強いと言うことです。ある教員に「読み書き計算は基礎基本だ」と言ったら、 「そんなもの30年前の話だ。今の基礎基本は見る聞く話すだ」と一蹴されました。
 しかし、私から見れば「見る聞く話す」が基礎基本だったのは60年前の話です。これは、子どもたちが主体的に学ぶ時代と詰め込み教育の時代が30年サイクルで巡り巡っていることを表しているのです。

 読み書き計算は決して30年前の古い基礎基本ではありません。3000年以上前から続いている、永遠不滅の基礎基本なのです。読み書き計算なくして日本の経済成長はあり得なかったでしょう。そして、読み書き計算なくして今の日本の豊かな生活もなかったでしょう。

 しかし、「読み書き計算」だけの教育がもたらしたものは、良くも悪くも、モノだけが豊かな日本なのです。経済は豊かでも、外交、政治、金融はダメな国なのです。そして今、その経済さえ危うい状況なのです。これは、「読み・書き・計算」を徹底し、理科・数学教育を徹底させすぎた弊害だと思われます。いわゆる詰め込み教育に傾きすぎた弊害なのです。もちろん、詰め込み教育を否定するわけではありません。始めに「教」があって次に「育」がある。これこそが教育なのです。しかし、今までの教育は、教育の「教」しかしてこなかった。そして今は教育の「育」しかしていないのです。

 つまり「学力」とは、まずは「読み書き計算」が土台にあり、その上に「関心意欲態度」、「思考判断」、「表現処理」があるのです。
 学校の通知表はおかしくなっている! 学力低下はこうして起こる! 『下流社会』が登場するなど、格差社会が進む中、ゆとり教育が導入されたホントの理由とは? 誤った個性を重視した教育の弊害がまさに「ニート」と「フリーター」の問題なのです。
 教育心理学の理論的見知と学習塾での実践的見知から、教育問題について斬新かつわかりやすい切り口で語る。教育界初の「すらすら読める解説本」がここに。教師も親も子も必見!教育問題を解決するヒントがここに。

<目次>
Chapter1.ゆとり教育になって学校はどうなったの? どうしてゆとり教育が始まったの?/いわゆる『ゆとり教育』になるまで
Chapter2.学力が低下してるってホント? 学力低下はこうして起こる!/学力低下を防ぐにはどうしたらよいか?/もう一つの学力低下=学ぶ意欲の低下はどうするの?
Chapter3.算数の教科書が薄くなってどうなったの?
Chapter4.通知表がおかしくなったってホント? 通知表のつけ方はどう変わったの?/絶対評価とか相対評価っていったいなに?
Chapter5.『円周率=3』ってのは大ウソってホント?
Chapter6.スクールカウンセラーっていったいなに?
Chapter7.学校の先生のレベルが落ちてるってホント?
Chapter8.学校評議員制度ってなに?
(教心ネット:http://www.kyo-sin.net/)

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