| 学力低下は揺るぎない事実 |
1999年の「分数ができない大学生」、2004年12月のPISA2003の結果発表によるPISAショック以来、学力低下に関する議論はさんざんなされてきた。
しかし奇妙なことに、最近になって「学力低下はない」だとか、「錯覚だ」といったデマがまことしやかにささやかれているのだ。どうも、ポイントは「順位低下=学力低下なのか?」ということへの批判的な思考にあるようだ。もちろん、PISAでの順位の低下をもって、即学力が低下したと考えるのはいささか短絡的と言えるから、このような批判は至極当然なことである。
しかし、こうした批判に対して、自信を持って言えることが一つだけある。それは学力低下は事実であるということである。もともと「順位が低下したから学力が低下している」という短絡的な思考をしているわけではなく、むしろ「学力が低下しているという実感があるから、PISAでの順位が低下する(だろう)」と予測していたわけである。
事実、この予測は2004年のPISA2003の結果発表で的中した。さらに、PISA2006でも、日本は、読解力が14位→15位、数学的リテラシーが6位→10位、科学的リテラシーが2位→6位へと、全分野で後退したのである。
【PISAでの日本の順位の推移】
| |
読解力 |
数学的リテラシー |
科学的リテラシー |
| PISA2000(32ヶ国) |
8位 |
1位 |
2位 |
| PISA2003(41ヶ国) |
14位 |
6位 |
2位 |
| PISA2006(56ヶ国) |
15位 |
10位 |
6位 |
しかし、ここである反論が出てきた。たとえば「PISA2003の数学的リテラシーは6位だが、統計的には1位と差がない1位グループである。だから、数学的リテラシーは下がっていない」という反論である。一見正しいように思えるが、これはとんでもない誤解である。というよりも事実誤認である。その前に、まずPISAの分析では統計的な順位の差の検定も行っており、次に示したのでそれを見てほしい。
【PISAでの日本の統計的な順位差】
| |
読解力 |
数学的リテラシー |
科学的リテラシー |
| PISA2000(32ヶ国) |
3〜10位 |
1〜3位 |
1〜2位 |
| PISA2003(41ヶ国) |
10〜18位 |
2〜7位 |
1〜2位 |
| PISA2006(56ヶ国) |
9〜16位 |
4〜9位 |
2〜5位 |
これを見ると、PISA2003の数学的リテラシーの6位という順位は、統計的には1位と差がある「2〜7位グループ」になるのである。つまり、「統計的には1位と差がない1位グループである」というのは誰かが言ったデマ(あるいは分析されたデータを読み間違えたのか)なのである。このデマに基づいて、「いやー、学力低下はなかったんだ」と信じてしまった人は少なくないだろう。
それでも、「参加国が増えているのだから、順位の低下が学力低下を示すわけではない」という反論があるかもしれない。もうこのような意見に対しては、決定的なデータを示すほかないだろう。2000年から2006年に行われた3回の調査で出題された同一問題の正答率の比較を行ったデータがある。

これを見ると一目瞭然である。科学的リテラシーこそ2003年と2006年でほとんど変わっていないものの、読解力と数学的リテラシーにおいて明らかに正答率は右肩下がりで下がっているのである。さらに付け加えておくと、上記のグラフには示されていないのだが、PISA2000とPISA2006の間において、科学的リテラシーの同一問題の正答率は、65.7%(00年)→61.5%(06年)と大幅に低下しているのだ。
【参考文献】
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| 「池上彰「新聞ななめ読み」をななめ読む |
2008年の2月頃、あるジャーナリストがPISA2006の結果について「日本の順位が下がったのは参加国が増えたのが一番の要因で、(それほど)学力は低下していない」「初参加のエストニアが高得点だったため、日本の順位は自動的に1つ下がるのだ」と、このような解説を行っていたそうである。そう、最近わかりやすいニュース解説者としてテレビによく登場する池上彰氏である。ところがこれ、全くのでたらめ解説なのをご存じだろうか。
2008年2月4日付けの朝日新聞夕刊、池上彰の新聞ななめ読みでは、
「読解力」が14位から15位に下がった点について。実は前回調査に参加したのは41の国・地域。今回は57に増加しています。今回初参加のエストニアが日本より上位に入ったことで、順位が一つ落ちたことがわかります。
「科学的リテラシー」も日本より上位に今回初参加の台湾とエストニアが入ったことで、日本が順位を落としていることがわかります。
調査参加国が増えたので順位が下がったことを。「学力が下がった」と言えるでしょうか。問題は順位ではなく点数なのです。
実は、2003年の調査と今回の調査では、同じ問題もいくつか出ています。その正答率を比較しましょう。
「読解力」は同じ問題28題について、前回の正答率は約62%に対し、今回は約60%、微妙に下がっています。
「数学的リテラシー」は、48題の正答率が56%から53%に下がりました。
一方、「科学的リテラシー」は、前回と同じ問題が22題出ていますが、正答率はいずれも約60%でした。学力は横ばいなのです。
つまり、「読解力」と「数学的リテラシー」はほぼ横ばい、という評価が可能なのです。「日本の学力が下がった」という大騒ぎの割には、大きく下がったというわけではないのです。
「学力が下がった」と騒ぐほうが、読者や視聴者の関心を集めますが、冷静なデータの分析が必要です。
池上氏の解説をまとめると次の表のようになる。
【池上彰氏による間違った解説】
| 分野 |
PISA2003(41ヶ国) |
PISA2006(57ヶ国) |
| 正答率 |
順位 |
正答率 |
順位 |
| 読解力 |
約62% |
14位 |
約60% |
15位 |
| 数学的リテラシー |
約56% |
6位 |
約53% |
10位 |
| 科学的リテラシー |
約60% |
2位 |
約60% |
6位 |
参照サイト
http://plaza.rakuten.co.jp/ryu32/diary/200802100000/
これをみると「学力低下は間違い(そんなことはない)」ように思えるが、実はこの分析には致命的な間違いがある。正答率の数字を勝手に四捨五入してあり、これが都合の良いように「正答率に差がないように見える」のである。これは統計の初歩として、絶対やってはいけないこと、言ってしまえば改ざんに近いことである。
確かに、2003年と2006年の比較で見ると、一見差がないように見えなくもない。しかし、PISAショックと呼ばれたのは、実はPISA2000からみたPISA2003の結果であり、PISA2003の時点で学力が下がっていることも考慮しなければならないはずだ。
【OECD生徒の学習到達度評価(PISA)の同一問題の正答率の変化】
| 分野 |
PISA2000 |
PISA2003 |
PISA2006 |
| 読解力 |
65.2% |
62.2% |
59.5% |
| 数学的リテラシー |
|
56.1% |
53.4% |
科学的リテラシー※
(PISA2003−PISA2006) |
|
59.5% |
60.1% |
科学的リテラシー※
(PISA2000−PISA2006) |
65.7% |
|
61.5% |
※科学的リテラシーのPISA2006の正答率が異なるのは、2000年、2003年との間で共通の問題が異なるため。
また、「格差社会と教育改革(苅谷剛彦・山口二郎著、岩波ブックレット)」では、PISA2000とPISA2003の間で、数学的リテラシーの得点について分析を行っている。その結果によると、日本の子どもたちの学力は上位5%がわずかに上昇しているだけで、残りの95%は学力が下がっていることがわかった。特に学力下位層(下位25%の層)の低下が著しく、この層だけで40%近くパフォーマンスを落としていることがわかりました。
これは言い換えると、例えば全体で平均点が5点下がったテストがあったとします。どの層の子も平均的に5点ずつ点数を下げた場合もこのようなことが起きます。しかし、全体のうちの25%(4分の1)の子が20点ずつ点数を下げた場合にも当てはまることなのです。PISA2003の数学的リテラシーでは、この後者のケースが起きていたのです。
データを冷静に分析すれば、PISAの結果が日本の学力低下のとんでもない実態を示していることがよくわかるでしょう。このような冷静なデータ分析ができない人が、新聞で「冷静なデータ分析が必要です」とのたまうとは、甚だ滑稽な話です。
余談だが、どうもこの新聞記事を読んだ読者が、間違った解説を鵜呑みにしwikiペディアを改ざんするという事件も起きた。
日本の順位は、第1回、第2回、第3回調査と下がっている。ただし順位低下の理由は調査参加国が増えたため(2000年32ヵ国、2006年56ヵ国)であり、とくに初参加のエストニアが高得点だったため日本の順位は自動的に1ランク以上は下がることになる。日本の正答率は、以下のように各年で同等であり、この調査に関して学力低下は事実ではない。しかし、日本では順位低下が大きく報道され、学力低下の根拠としてこの調査結果が用いられることが多い。
(※現在は削除されている)
さて、これを受けてかどうかまではわからないが、困ったことに2008年6月に神永正博著「学力低下は錯覚(森北出版)」という本が出版されている。
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| 「学力低下は錯覚?」というデマ |
筆者の分析によると、PISAの読解力の順位8位(2000年)、14位(2003年)、15位(2006年)は、それぞれ7位(2000年)、13位(2003年)、11位(2006年)になるという。そして、なぜかこの2006年の結果は2000年の水準と同じになるというのだ(筆者から7位と11位が同じ水準という根拠は全く示されていない)。だから、学力低下は事実ではなく、参加国が増えた事による錯覚にすぎないとしている。何とも腑に落ちない強引な論理である。
その一方で、数学的リテラシーは増加した参加国数を差し引いた標準化した順位でみても、1位(2000年)、4位(2003年)、6位(2006年)と年々低下しているのに、こちらの細かい分析は避けている。この本は、統計学が専門の大学教授が書いた本であるが、こともあろうか統計の専門家でありながら、統計学でやってはいけない初歩的かつ致命的なミスを犯している。それは、都合の良いデータだけを紹介するというものである。
これはねつ造に当たるというわけではないのだが、統計的なデータを紹介する上ではやってはいけないことである。なぜなら、統計の専門家、それらしいデータを示されると、普通の人はころりとだまされてしまうからである。
もう一点、この本で気になることがある。それは筆者がしきりに記述している「ゆとり教育で落ちこぼれは増えていない」という点である。しかしこれは、PISAの読解力をレベル別に分析したデータを見れば事実でないことはすぐわかる。
たとえば、読解力レベル1未満からレベル1の割合は
2000年が9.0%だったのに対して、2003年では18.0%とたった3年で倍増しているのである。ゆとり教育の完全実施は2002年からであるから、もうこれは、ゆとり教育の悪影響を否定できない確固たるデータなのである。
残念ながら、このような筆者の主張に都合の悪いデータにはいっさい触れられておらず、それでいて「学力低下は錯覚である」という筆者の主張を裏付けるデータのみを掲載するという手法に終止している。
これを統計学の専門家が我が物顔でやっているのであるから、あきれてものが言えない。池上氏にも神永氏にも共通していることは、事実をねじ曲げてでも「読者受けする」内容を掲載している点である。一方はわかりやすい解説者、一方は統計の専門家とうたっているが、こういうメディアで堂々とでたらめを言う人を野放しにして良いものだろうか。
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